Carmey Avdat Farm in the Negev Desert(ネゲブ砂漠のカーメイ・アブダット・ファーム)

訪問日: Mar 5, 2013

エルサレムからレンタカーでドライブを開始して最初の宿泊地はカーメイ・アブダット・ファームです。この農場はベエルシェバを更に南下し、スデー・ボケルから更に南に入ったネゲブ砂漠のど真ん中にあります。

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このあたりで泊まりたいと思ったのは、柿内ルツさん著の「イスラエル新発見の旅」の記事を見たからです。そこには、エイン・アブダットにある「ハーン・ハシャヤロット」というベドウィン・テントの宿泊施設について説明があり、荒野に広がる満点の星空は他では得難いもので素晴らしい体験ができる、と書かれていました。それで、この施設にメールで問い合わせたのですが、個人旅行客は週末しか受け付けないとのこと、平日はグループ予約で一杯とのことでした。日程が合わず断念。それで、近くで泊まれるところはないか探したところ、Booking.comで人気のあるこのB&Bを見つけて予約しました。

ここは、イスラエル人の夫婦がネゲブ砂漠に魅せられ、荒野を開拓してブドウ畑とワイナリーを作り、更に数棟の山荘を作り上げてB&Bを営業しているところです。入り口に管理棟があり、その横にガーデン・シャレーが2棟あって、私たちはそちらを予約していたのですが、その日は丘の上のシャレーも空いているのでそちらに変えても良いとのこと。そちらの方が高いのですが、同じ料金で良いとのことで、丘の上に行くことにしました。

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丘の上には、下の写真のような小屋が数件建てられていました。

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管理棟からは、坂道を登って行かなければいけませんが、荷物はあとから届けるので大丈夫とのこと。部屋に入ってしばらくすると、ゴルフカートのような車に荷物を積んで二人の娘さんが運んで来てくれました。しかし、シャレーの入り口の前は急坂になっているのて重いスーツケースを車から降ろし、よいしょよいしょと引き上げていましたが、小さい妹さんが苦労していたので助けてあげました。二人はまだ中学生か高校生くらいで、この宿の娘さんたちのようでした。

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小屋の入り口には簡素なドアがあり、その前の日よけの下にテーブルと椅子が用意されています。ここの施設を建設するにあたっては、エコロジーをよく考えて設計したとのこと。この日よけは、夏は暑い日差しを遮って部屋の過熱を防ぎ、冬は低い日差しの太陽熱を蓄えて暖かくする効果があるとか。

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部屋の中には、きれいなキッチンがあり、食器や調味料、CDプレーヤー等もそろっていて気持ちの良い空間になっていました。

床には、タイルやセラミックなどの建材を使わず、この地方で取れる玉石を敷いて砂漠の雰囲気をだしているとか。

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食卓の上には、小さな花と二つのローソク、それにフルーツが用意されていて、イスラエル流「おもてなし」の心を感じます。

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こぎれいな寝室があり、暖房も完備しています。

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浴槽もしっかりしたものが作られており、お湯も問題なく使えました。水のない砂漠にあるので小屋までホースが敷かれ大きなタンクと太陽熱温水器がとりつけてありました。

水のリサイクルも工夫されていて、ベングリオン大学砂漠研究所の水研究部門に相談し、政府の健康省の援助も得て、地中に大きなタンクを埋め、シャワーやキッチンの排水を集めて生物学的に浄化するシステムを導入し、果樹園の灌漑に使っているそうです。

管理棟のあるワイン工場の屋根の上には太陽光発電のパネルがたくさんならんでいました。太陽光発電の発電状況はインターネットで時々刻々見られるようになっています。よくぞ夫婦だけでここまでできたものです。

トイレのロール紙がないと思っていたら、しばらくして先ほどの二人の姉妹が大きな袋にいっぱい入れて届けてくれました。

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小屋の外は、見渡すばかりの広大なネゲブ砂漠です。3500年ほど昔には、モーゼが率いる大集団が、このような荒野を40年もさまよったものと思われます。

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こんな砂漠にも、よく見ると小さく美しい花が咲いていました。しっかりと自己主張しています。

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夜中の2時頃に外に出て空を見上げると、まさに満点の星空でした。残念ながら写真に撮ることができませんでした。

下の写真は、ネゲブ砂漠の夜明け。

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朝、ドアの外に出ると、大きな布袋が置かれていて、中には朝食一式が入っていました。

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ペースト状のフムスとか、スープ、ジャム、各種香辛料、

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ナッツ、オリーブ、バター、チーズなど、

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トマトの上にチーズとねぎののったサラダ、

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新鮮なレタス、

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広々とした砂漠を見ながら、豊かな朝食をゆっくり楽しみました。もちろん食べきれないので、残りは昼のお弁当としてパッキング。

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テーブルの横には、大きな白い犬が寝転んでいました。おとなしい性格で、この宿で飼われている番犬のようです。

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食事を欲しがる様子もなく、こちらの様子を見守っているようでしたが、残りの食事を少し食べさせると嬉しそうでした。

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この農場は、エコロジーを大変重視して設計され、特に水の確保と利用に関しては随分工夫されています。 まず、この地の選定にあたっては、古代のナバテア人やビザンチン時代の灌漑方式を研究したそうです。そして、古代のナバテア時代(BC2世紀~AD4世紀 頃)にあったブドウ園の跡地を選び、当時の灌漑方式である洪水を活用する方式を採用しました。これは、小さな川(一年の殆どは涸れた川(ワジ))の川床にぶどうの 木を植え、年に数回の雨が降った時に水が流れるようにしておく方式です。こうすることにより、通常の水やりは殆ど不要で、洪水の時に土の塩分を取り除いてくれ る効果もあるそうです。

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下の写真は、洪水により地面が水浸しになっている時のものです。

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小屋から出て下の管理棟に降りていく小道の両側には、いろいろな果樹が植えられていました。この日も、ご主人が朝早くから手入れしていました。

下の木は、なんでしょうか。

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そうです。イチジクの木です。この日は3月5日。新約聖書にあるイエス様の言葉が思い出されます。

「いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。」【新共同訳】
マタ 24:32

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この木は何でしょうか?

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これは、アーモンドの木で、この時期はイスラエル中で花盛り。日本の桜とよく似ています。アーモンドもイスラエルを象徴する木で聖書によく出てきます。
「モーセはあかしの天幕に入って行った。すると見よ、レビの家のためのアロンの杖が芽をふき、つぼみを出し、花をつけ、アーモンドの実を結んでいた。」【新改訳改訂第3版】民数記17:8

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それぞれの木の根元には灌漑用の細いホースが回されています。有名なイスラエルの点滴栽培です。

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また、しばらく行くと、このような木がありました。まだ若い木のようです。

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ざくろの実がなっています。これもまた聖書によく出てきます。

「私たちは朝早くからぶどう畑に行き、ぶどうの木が芽を出したか、花が咲いたか、ざくろの花が咲いたかどうかを見て、そこで私の愛をあなたにささげましょう。」 【新改訳改訂第3版】雅歌 7:12

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これはなんでしょうか?

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これはレモンですね。イスラエル産レモンも最近は日本にも輸入されているようです。

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これは、なつめやしの子供ですね。大きくなると天高くそびえるような大きさになります。その実を乾燥させたデーツは甘くておいしいです。

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ネゲブ砂漠を堪能できる素晴らしい宿でした。

ホームページを読んでみると設立の経緯が書かれています。要約しますと、

  • 設立者は、ハンナとイヤル・イズラエル夫妻。
  • ネゲブ砂漠を旅行した時、隠れた川床に古代ナバテア時代のブドウ園の跡を見つけて素晴らしいと思いその場所に恋してしまった。そして1988年に私たちのCarmey Avdat Farmを設立した。
  • 私たちの夢は、「ワインルート」プロジェクトに沿って、不毛のネゲブ砂漠にブドウ園とワイナリーを作ること。それで、スデー・ボケルの野外学校で学び始め、ネゲブ砂漠やシナイ半島、オーストラリア、モロッコなどを旅行して研究した。
  • 最初にこのワジ(川床)を見渡した時は、未開で荒れていてとても人が住めるようなところではないと思われた。
  • そこで、まず私たちが望む将来の姿を描いてみて、建築家に頼むのではなく、自分たちの感覚と直感に頼ることにした。
  • ブドウ園は、古代のブドウ園と同じく、川床にながれる洪水を利用した灌漑方式を採用した。
  • 客室となる小屋は、見晴らしの良い丘の上に建て、果樹園やプールも設け、砂漠の自然環境を活用して作り上げた。
  • すべては、私たちが住み、4人の子供たちを育てるために選んだこの地への深い愛に基づいて進められた。
  • すべての従業員はイスラエルの兵役を完了した者であり、私たちと一緒にここに暮らす者に限定している。
  • 近隣のベドウィンの人たちは、刈込や収穫の時期には手伝ってくれ、良い関係ができている。子供たちも農場の仕事を手伝ってメンバーの一人として参加している。
  • ハンナは1964年生まれ、1982年から1984年まで軍隊で教師としてスデー・ボケルの学校で働き、ネゲブに魅せられた。
  • イヤルは1959年生まれ、高校時代に農業に魅せられた。(その後はおそらく3年間の兵役)
  • その後二人は、二年間ネゲブを歩き回った後、ヒマラヤ、オーストラリア、ニュージーランドを旅行。
  • 帰国後は、ハンナはデザインと建築を勉強。イヤルは写真を勉強。
  • その後、二人はミツぺ・ラモンに移り、イスラエル自然保護協会で働き始めた。その間、ハンナは「亀は歯を磨かない」という詩の本を書いたり、学校教育のプロジェクトに入ったり、セラピストの資格を取ったりした。
  • イヤルはイスラエル国防軍のための自然保護教育プログラムを開発したり、ネゲブのレスキュー隊に入ったり、溶接や金物細工を学んだりした。彼の作品は農場のストアで販売中。また、有名なワイナリーでワイン造りを学んだ。
  • そして、1988年、二人はCarmey Avdat Farmを設立し、現在4人の子供と住んでいる。

以上、いかにもイスラエル人らしい開拓物語です!