Bethlehem(ベツレヘム)

訪問日: Thu, 28 Feb 2013

いよいよロゴス・ミニストリー聖地旅行の最終日になりました。この日はベツレヘム訪問から始まります。朝、ホテルからバスで向かいますが、ベツレヘムはパレスチナ自治区にあるので、途中で高いコンクリートの分離壁を通ります。ユダヤ国籍の恭仁子さんは、ここで待機、バスの運転手はアラブ人なので私達はバスに乗ったまま簡単に通過できました。

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車の通る道路の向こう側に、歩く人用の通路がありますが、檻になっていて回転式バーの出入り口があり、しっかり検問されるようです。パレスチナ人がエルサレムへ行き来するのが不自由になり、経済活動がうまくできず困っているとの事ですが、イスラエル側としては、テロリストの侵入を防ぐために必要なものであり、なかなか難しい問題です。

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検問所を入ってしばらく行くとメンジャー広場(Manger Squre)に到着します。日本語に訳すと飼い葉桶広場。

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そのつきあたりに聖誕教会(Church of The Nativity)があります。ベツレヘムは、マタイの福音書とルカの福音書に書かれているように、イエス・キリストが生まれた場所とされ、この教会は、その誕生を記念したものです。

マタイの福音書2:1-2 ”イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」”

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この教会が建てられる前の紀元1-2世紀頃には、ここにユダヤ人クリスチャンが礼拝する洞穴があったということで、ユダヤ人を迫害したローマ皇帝ハドリアヌスはその上に異教の神殿を建てました。キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝からキリストゆかりの聖跡をつきとめるため聖地に派遣された母へレナ皇后は、ここにあった地下洞窟をイエス生誕の場所と定め、326年に教会建設を始め333年に完成しました。このようないきさつはエルサレムの聖墳墓教会とよく似ています。

その後、529年にサマリア人により破壊されましたが、540年にユスティニアヌス帝によって再建され、現存する教会では最も古いものだそうです。

入口は小さく狭いものしかありませんが、よく見ると天井まで届く大きな四角い入口跡と、アーチ型の小さい入口跡が残っています。大きな四角いものは、6世紀の再建時のもの、アーチ型のものは12世紀に十字軍が作ったもの。そして、小さな四角い入口は16世紀に地元のクリスチャンが作ったもので、「謙虚のドア」と呼ばれ、ひざまずいて謙虚な姿勢ではいるためのものと言われています。また、馬では入れないようにしているためでもあるそうです。日本の茶室の入口と良く似た考え方ですね。ここから先は、男子はなんらかの帽子をかぶる必要があります。

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私達は、皆、謙虚な姿勢で入りました。

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中には木造の構造物が多くあります。

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中は大きな礼拝堂で、天井は高く、木材で作られています。

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これらの木材は、有名なレバノン杉とのこと。素晴らしい構造で組み合わされていて、教会の屋根が十字形になっている様子がよく分かります。

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AD614年にペルシャが侵略してきた時、この教会は聖墳墓教会とは違って破壊されませんでした。それは、外壁にあったモザイク画にペルシャから星を追いかけてきた3博士が描かれていたため、この教会はペルシャの所有物と考えて壊さなかったそうです。

また、AD1009年、ファティマ朝の冷酷なカリフ、アル・ハーキムが攻めてきた時も、聖墳墓教会は破壊されましたが、この教会は壊されませんでした。その理由は、コーランにイエスとマリアに関する記述があり、イエスは預言者の一人とされていたからだそうです。

屋根の下の両側の壁には、十字軍が作ったモザイク画があります。下の図はイエス様の先祖のうち7人が描かれているとか。

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上の7人の左から3人目にELEAZARとありますから、右から次の7人かと思われます。

”アゾルにサドクが生まれ、サドクにアキムが生まれ、アキムにエリウデが生まれ、エリウデにエレアザルが生まれ、エレアザルにマタンが生まれ、マタンにヤコブが生まれ、ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。” (マタイ1:14-16)

また、反対側の壁には、イエスが生まれたところを見ている天使たちが描かれています。

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礼拝堂の奥に立派な祭壇があります。天井からは赤や青のきらびやかな飾りがたくさんぶら下がっています。この教会は、ギリシャ正教、カトリック、アルメニアの三つの教派が管理していますが、時々争いがあるので、教会の鍵はモスレムのアラブ人が管理しているそうです。これも聖墳墓教会と似ていますね。

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現在でも、地元のクリスチャンのための礼拝が一日6回あるそうです。ちなみにクリスマス礼拝は年に3回行われます。12月24日はカトリック、1月6日はギリシャ正教、シリア正教とコプト、1月18日はアルメニアだそうです。

その横隅に立派な「Poor Box」が置かれていました。貧しい人々への寄付金を集める箱でしょうか。

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祭壇の右の階段を下ると、イエス様が生まれたと言われる洞窟があるそうですが、20分待ちとのことで、私達は見学をあきらめました。

礼拝堂の片側に2列ずつ合計4列、1列は11本の背の高い柱が並んでいます。これらは、イエスの12弟子を表わすものということで、もう4本は隠れているとのこと、それはイエスを裏切ったユダのものでしょうか。

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柱には弟子の絵が描かれていますが、どれが誰だかよく分かりません。

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現在の床の下には、美しいモザイクの床がありました。これは、327年の建築当時のもので、1934年に発見されたものだそうです。

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ビザンチン時代の、大変美しくカラフルな幾何学模様が描かれています。色は天然の石の色です。

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花や樹木も美しく描かれています。

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聖誕教会の隣りに、カトリックのフランシスコ会の修道院と聖カテリーナ教会があります。その庭にはヒエロニムスという人の像が立っています。ヒエロニムスは、古代ヘブル語(アラム語)の聖書をラテン語に翻訳するために、この教会の洞窟にこもって半生を過ごした人物で、その聖書はウルガタ訳聖書と呼ばれカトリックの公認聖書となったそうです。彼は、ローマのパウラという婦人の助力で翻訳を進めましたが、彼女の死後は彼女の骨をそばにおいて作業を完成させたということで、この像の左足の下には彫られた頭蓋骨があるということです。像の正面に回れば見えたと思うのですが、見学時には気がつきませんでした。

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聖へレナと書かれた部屋もありました。

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壁に架けられていた近辺の地図です。ベツレヘムは、エルサレムから南に10kmのところにあり、そこから東に1kmほど行くと、「羊飼いの野」で知られているベト・サフール(Beit Sahor)市があります。私達は、2台のワゴン車に分譲してそちらに向かいました。

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ベト・サフール(Beit Sahour)とは、神の家という意味だそうです。現地のガイドさんは、ベッツァホールと発音していました。この市の人口は16,000人で、その80%がクリスチャンだそうです。地図は大分古ぼけていてはっきりしませんが、右の説明欄には多くの教会や修道院、それに、カトリックとYMCAプロテスタントとギリシャ正教と、3箇所の「羊飼いの野」があります。また、ルツとボアズの野(Fields of Ruth and Boaz)というのもあります。番号がよく見えないのでどこか良く分かりません。新しく書き直したら良いと思うのですが、市の予算が厳しいものと思われます。

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地図にある市のマークを拡大しました。よく見ると、星の下に羊に囲まれたヨセフとマリアに抱かれた赤子のイエスが書かれています。取り囲むのはオリーブの葉でしょうか。ほのぼのとした良いデザインです。

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イエス・キリストが誕生した時、何故天使は最初に羊飼いのところに現われ、「良い知らせ」として伝えたのでしょうか?ガイドさん(アラブ人のクリスチャ ン)の説明によると、羊飼いは羊を連れてあちこち巡り歩くので早く広く伝えることができるから、ということです。この後の明石牧師のメッセージでは、 神は最初に最も底辺で生活している羊飼いのところに弱い人間として現われてくださったという意味もあると補足されていました。

私達が行ったのは、カトリックのフランシスコ会の「羊飼いの野」です。

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きれいな庭を奥に進みます。

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イエス様が生まれた洞穴を再現したところがあるということです。

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目的の洞穴に先客があったので、しばらく待合室で待機、こちらも洞穴です。

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このあたりには、洞穴がたくさんあって多くの人が住んでいたそうです。

しばらくして、目的の洞窟に入りました。

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イエスの父ヨセフと臨月を迎えたマリアは、住民登録のため故郷のベツレヘムに来ましたが、その晩は宿に空き部屋がなかったので馬小屋に泊まりました。それで、赤子イエスは馬や羊がいる洞窟で生まれ、飼い葉桶に寝かされました。

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飼い葉桶は、下の写真のように、わらでできていました。よくある木の飼い葉桶とは違います。

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当時の石器や壷が展示してあります。

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当時の羊飼いの様子。現在でもこのあたりでは、このようなアラブ人の羊飼いを見かけます。

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この洞窟で明石牧師のベツレヘムの歴史についてのメッセージがありました。

  • (創世記)イサクの子ヤコブの妻ラケルはベンジャミンを産んだ時に亡くなり、ベツレヘムに葬られました。今も墓があります。
  • 士師記に出てくるレビ人ミカの家、および、別のレビ人のそばめの実家があるところ。
  • ルツ記(贖いの物語)の舞台であるボアズの畑のあるところ。ボアズはルツの近親者でダビデ王の祖父です。
  • 少年ダビデが預言者サムエルから油注がれたところ(サムエル記)
  • 預言者ミカにより救い主出現を預言された場所(ミカ書5:2”ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。”
  • イエスが降誕された場所、つまり、天と地を創られた神が肉体を持つ人となって地上に降られた場所。
  • ”ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。”(ヨハネ1:14)
  • ”ですから、キリストは、この世界に来て、こう言われるのです。「あなたは、いけにえやささげ物を望まないで、わたしのために、からだを造ってくださいました。”(ヘブル10:5) 、、、、ベツレヘムで生まれた子羊が罪のいけにえとしてエルサレムに送られました。
  • このこのように、ベツレヘムは、天と地を創られた神が、人となって地上に降り、私達と同じ弱い肉体を持って共に歩んでくださり、十字架につけられて私達の罪をあがなってくださったという宇宙的な歴史を持つ場所である。

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洞窟からでると、広々とした野原が見えました。2000年前には、このあたり一帯にこのような野原が広がっていたものと思われます。

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ビザンチン時代(4-6世紀)の遺跡の発掘が行なわれていました。

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このあたりは、当時の修道院の跡で、オリーブ絞りの道具などが発掘されています。

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そして、小さい教会堂がありました。

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まだ新しいもので、中には、イエス誕生の様子を描いたきれいな絵が飾ってあります。

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天使が現われて、羊飼いに告げ知らせる様子。この教会は、礼拝のためのものではないそうです。

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ベツレヘムを後にして戻る途中に、分離壁のパレスチナ側を通りました。イスラエル側とは違って、たくさん落書きがしてあります。中央部分には、「壁ではなくてフムスを作れ」とあります。フムスとは、ひよこまめをつぶして作るペースト状のおいしい料理でイスラエルでもパレスチナでも好まれるものです。

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イスラエルに出る前に大きなおみやげ屋さんに寄りました。ツアーでは最後のおみやげ屋さんとなるので、皆さんじっくりと買い物です。

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この店には、なかなか立派なオリーブの木の彫り物がありました。下の写真は、最後の晩餐の様子を彫ったもの。当時は、このように、寝そべって食事をしたそうです。(ダビンチの有名な絵とは違います。)

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イエス生誕の様子を彫ったものもありました。これらは立派なだけあって大変高価で手が出ません。

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最後に、復習のため、ルカの福音書2章のイエス生誕のところを転記しておきます。

”そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。(ルカ2:1-20)