Mahane Yehuda Market(マハネ・イェフダ市場)

訪問日: Mar 4, 2013

この前日から新市街のセントラル・バス・ステーション近くにあるB&Bに泊まりました。朝食をとった後、気のいい宿の主人に、「どこを見に行くのがいいだろう?」と聞いてみたら、「それならマハネ・イェフダがいいよ。おいしいものがたくさんあって安いよ。」とのことで、歩いて出かけることにしました。

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私たちは、セントラル・バス・ステーションの横を通り、エルサレム・ライトレールの通るヤッフォ通りを東に向かって歩き出しました。写真を撮ったり地図をみたりしていると、近くを歩いていた若い女性が、「どこへ行くの?」と聞いてきました。「マハネ・イェフダに行くんだよ。」と言うと、「私もその方向にいくから教えてあげる。」と言ってくれました。彼女は黙って少し前をすたすた歩いていくので、追いついて少し話を始めると、「どこから来たの?」と聞くので、「日本からだよ。日本は寒いけど山ではスキーができるよ。」というと、「私はスキーはしたくないわ。エルサレムが一番いいわ。」とのこと。イスラエル人は気さくで親切ですが、愛想よく対応するという習慣はないようです。

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「ここを入っていくとマハネ・イェフダよ。」というところでお礼を言って別れ、右側の道に入って行きました。まだ朝の9時前なので人通りは少ないですが、多くの店が開店していました。下の店にはたくさんのソーセージがぶら下がっています。

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マハネ・イェフダというのは、エルサレムの胃袋とも言われていて、食料品を中心とする250以上もの店が集まった大きな市場です。この地区を最初に設立したのは3人の企業家で1887年のことでした。当時の店の数は162、企業家の一人の兄弟の名前を取ってイェフダと名付けたそうです。オスマン帝国の時代になると、市場は無計画に広がって衛生状態も悪くなっていきました。しかし、1920年代の後半の英国統治時代にはすべての店が立ち退かされ、屋根のあるモールが作られて再建され、マハネ・イェフダ・マーケットとして知られるようになりました。2000年代になると、道路の舗装やインフラの整備など、大規模な改造がなされました。1997年と2002年にはテロリストにより23人が殺されるという事件がありましたが、エルサレムの市長はこの地区に歩行者用の多くのモールを作ったり、喫茶店やブティックを呼ぶなどして近代化のために投資し、観光の目玉にしようとしているそうです。

一角には屋根のついたモールがあり、野菜やさかな、肉、香辛料、など、いろんな店が並んでいます。

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フルーツも豊富でざくろも山積みです。私たちは、おいしそうな柿があったので買いました。

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フルーツの横にはパンが並んでいます。右端の方には円盤状のピタパンが見えます。

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パンは実においしそうです。これも買いました。

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こちらはドライ・フルーツ屋。

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こちらはナッツ類。

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甘そうなお菓子も山積みです。

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マハネ・イェフダでは、夜になると大勢の人々が歌ったり踊ったり、にぎやかなところになるそうです。日中も人が大勢集まるところなので、先日の選挙の時には、ネタニヤフ首相はじめ、多くの政党の党首がここで選挙運動をしたというニュースがありました。

マハネ・イェフダを見終わって戻る途中にセントラル・バス・ステーションのビルの中にあるショッピング・センターに立ち寄りました。ショッピング・センターに入るために列ができていて、空港でするような手荷物検査がありました。さすが、イスラエル!

中のフードコートに、「Japan Japan」というスシ・バーがありました。イスラエルでも日本食は人気があるようです。看板の顔がなんとなく中国風に見えますが。

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下の建物が、新市街で2泊した「アレンビー#2」というB&Bです。TripAdvisorでは非常に高い評価が出ていました。しかし、タクシーの運転手は知らなかったので住所を頼りになんとかたどり着きました。宿泊料は大変安く(一泊US$75 for two guests in the room)、ツアーで泊まったホテルに比べると大分質素でしたが、主人のDannyさんは「コンニチワ」という日本語の挨拶から始まって非常にフレンドリーな人で、また違った親しい雰囲気が味わえました。

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部屋は、シンプルな造りで、民家を改造したような感じ。朝食はDanny夫妻の手料理で、玉子サンドを焼いたものとジュース程度の、ツアーで泊まったホテルでの豪華バイキングとは異なる質素な食事でした。隣の部屋には、ウクライナから来たという老夫婦が長期滞在していて、昼食用に大きなソーセージを焼いていました。エルサレムには様々な国の人が住んでいます。

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このB&Bは、ハーツ・レンタカーのエルサレム・オフィスに歩いて行ける距離にあります。翌日からレンタカーで南に向かいますので、念のためそのオフィスまで出かけて予約を確認しておきました。 前半の旅では車上狙いにあったので、後半では一ランク上の大きな車に変更して、すべての荷物を車のトランクの中に入れ、外から見えないようにしました。