Zippori (ツィポリ)

訪問日:19 Feb 2013

ナザレを朝8時過ぎに出発してツィポリに向かいました。ツィポリはナザレから北西5kmにある古代都市で、ヘブライ語で「小鳥」の意、ギリシャ語ではセフォリスと呼ばれ、紀元前のハスモン朝時代からローマ支配の時代、ビザンチン時代、十字軍時代にかけて、この地方の中心的なユダヤ人都市でした。一世紀頃にはヘロデ・アンティパスが拡張工事を行ったとのことですから、ナザレ村で大工をしていたヨセフとイエスがその工事で働きに来ていた可能性が高いとされています。

ツィポリの遺跡は長い間テル(丘)に埋もれていましたが、1931年に最初の発掘がされ、1983年から2003年にかけて大規模な発掘が行われました。なかでも有名なのは、ガリラヤのモナリザと言われるモザイク画です。

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ナザレから5Kmほどの距離ですが、ナビに目的地をセットしようとしてもうまくいきませんでした。イスラエルの地名は、アルファベットで書くといろいろなつづりがあって、Zippori, Tzippori, Tziporiのいずれも使われています。しかし、どれを入れてもそれらしいNational Parkが見当たらないので、Tzippori Community Center(だったかな?)という地名を見つけて目的地に設定し、とりあえず行ってみることにしました。ナザレの町を抜けてしばらく行くと田舎道へ入り、農場の事務所のようなところに着きましたが、ツィポリ国立公園を示すような看板は見当たらず、良く分かりません。ちょうど、歩道をウォーキングしているご婦人がいたので聞いてみました。「そんなに間違ってはいないけど、ここではないわね」とのことでしたが、しばらくすると小型トラックが通りかかりました。そのご婦人は、トラックの運転手を呼び止めて、ヘブライ語でなにやら親しく会話していましたが、「このトラックについていきなさい。」と言ってくれました。トラックは、私たちが来た道を戻る方向に走り出したのでUターンしてついていくと、三差路で止まって、ここを曲がっていきなさいと手を振ってくれました。よく見ると「Tzippori National Park」と書いた小さな看板がありました。お礼を言って曲がりくねった細道を登っていくと、やっと国立公園の入り口に到着しました。またしても、親切な人に助けられて感謝でした。

これが、Zippori National Park内の地図です。

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この図の右側にあるGateあたりから左方向を見たテル(丘)の全体です。

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古代のローマの町でよく見られるように、真ん中をDecumanusとCardoといわれる石畳の道路が走っていて、十字形に交差しています。これは、Decumanus通り.

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これらの道路は、紀元2世紀頃のローマ支配時代のものとのことですが、きれいに残っていてタイムスリップしたように当時の雰囲気を味わいながら歩けるのには感激しました。ここはCardoですが、よく見ると、馬車が通ったわだちと思われるくぼみが見えます。

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道の両脇には石の柱が並んでいたと思われますが、多くは崩れています。紀元363年に大きな地震があったそうですが、すぐに再建されたとのことです。

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道の両脇に並んだ家の壁も発掘され、再現されていますが、まだまだ発掘中のところが残っています。

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多くの家の床や廊下には、美しい模様がモザイクで描かれていました。このあたりは残念ながら雨ざらしになっています。

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大きなギリシャ文字の模様の書かれた床です。

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これは、Orpheus Houseと呼ばれる建物の跡で、ダイニングホールがあったところとされています。3世紀後半のものとのこと。

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当時の生活の様子がカラフルに描かれています。

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どれもかなり手の込んだもので、人物や動物が生き生きと描かれています。雨ざらしなのが本当に残念。

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Cardoの東側の一角にThe Nile Houseと呼ばれる家があって、そこには屋根がつけられています。

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The Nile Houseは大きな家で、入り口から入ったところの廊下には幾何学的な模様のモザイクが施してあります。

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中にはいくつもの部屋がありますが、この部屋にはじゅうたんのような模様のモザイクがあります。

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モザイクに使われた石は、指先くらいの大きさで、下絵を描いた上に一つづつ貼り付けられていきました。

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一番大きな部屋の床には、たくさんの動物の絵や猛獣が狩をする様子などが描かれています。DSC_0488_R

これらの絵を描いたのはエジプトから来た職人たちで、ナイル川でのお祭りの様子が描かれているのでThe Nile Houseと呼ばれているそうです。5世紀頃に建てられたものらしいが詳細は不明とのこと。上の方に見える細い塔のようなものはナイル川の水深を測るために使われた棒だとか。

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これは、アマゾン(女性戦士)の絵。

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ギリシャ神話に出てくるケンタウロス(上半身が人間、下半身が馬の神)が大きなお皿を持っている絵もあります。ギリシャ語で「Helpful God」役に立つ神と書いてあるそうです。

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本当にたくさんの絵が描かれていますが、幾つかの小さな部屋もあって、やはり床にモザイク画があります。

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そこを出て丘の上に登ったところにあるThe Roman VillaにDionisus Houseと名づけられた家があり、ここは部屋の中でしっかりと風雨から守られています。そこの大広間の床に描かれているきれいなモザイク画は、ギリシャ神話に登場する『ディオニソスの一生』の物語だそうです。

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よく見ると、その中の一点をスポットライトが照らしています。

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近づいてみると、美しい貴婦人の顔が描かれていました。これが、ツィポリで一番有名な『ガリラヤのモナリザ』のモザイク画です。思ったより小さいですが、顔の色や表情が生き生きと美しく描かれていて写真のようです。

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外へ出ると、十字軍時代の要塞がそびえています。

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中はこのような堅固な造りになっています。

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さらに、頑丈な階段を登っていくと。

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眼下に広い平原が見渡せます。山麓にはたくさんのアーモンドの木が花盛りで、日本の桜の花のようでした。

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セフォリスは、ヴィア・マリス(海沿いの道)の経由地であり、当時の交通の要衝でした。この道をいろいろな国の多くの兵士や隊商が行ったり来たりしたことと思われます。

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そこからしばらく古代(ローマ時代か)の石壁沿いに歩いていきますと。

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これもローマ支配下の都市によく見られる円形劇場があります。

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黒くなっている石段が発掘されたものです。

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また、別の一角には、当時のシナゴーグ跡があり、こちらも建物の中でしっかり保存されています。左下に見えるのは、アブラハムがイサクをモリヤの山で神に献げるところを描いたモザイク画と思われ、上の方には7つの燭台(メノラー)のモザイク画が見えます。

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なぜか、中央には大きな円状に12星座の絵が描かれています。ユダヤ教と12星座とはどういう関係があるのでしょうか?

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このあたりは、ローマ帝国の支配下にあってもユダヤ教が認められていたので多くのシナゴーグがあったとされていますが、発掘されたものはまだここだけだそうです。

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広い敷地には、まだ埋もれているところがたくさんあり、全体を発掘するにはまだまだ時間と労力が必要です。

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