Bethsaida(ベツサイダ)

訪問日:22 Feb 2013

ベツサイダは、カペナウムから4km北東、ガリラヤ湖の岸辺から1.5Km内陸に入ったところにある小さなテル(遺跡の丘)にあります。カペナウムと同じく、イエス様のガリラヤ宣教が行われた場所として聖書には何度も出てくるところですが、つい最近まで、その場所がどこなのか知られていませんでした。1838年にアメリカの学者エドワード・ロビンソンが、この丘がそれらしいという見解を出しましたが、岸から離れていることから反対意見も多く、やっと1987年になって発掘が始められた結果ロビンソンの意見が正しいということになりました。イエス時代の2000年前は、ガリラヤ湖の水が豊富で、岸辺がすぐ近くまで来ていたのだそうです。ここは、人工的な建造物はいっさいなく、現在もまだ発掘が進められています。

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このテルの遺跡は、大きく分けて、イスラエル王国時代(紀元前10世紀から8世紀頃)と、ヘレニズム時代から初期ローマ時代(紀元前3世紀から紀元2世紀頃)のものに分けられます。

イスラエル王国時代には、この地はゲシュルの首都ツェルの町で、ダビデ王の3番目の妻マアカの出身地でした。マアカは、ゲシュルの王タルマイの娘であり、ダビデの息子アブシャロムの母です。そこで、アブシャロムは、異母兄であるアムノンを恨んで殺した時に父ダビデに追われますが、その時ここゲシュルまで逃げてきてタルマイに3年間かくまってもらいました。(第二サムエル13:37-38)。ここには、当時の門と宮殿の跡があります。

ローマ時代の1世紀前後には、ここはガリラヤ湖の漁業で栄えました。ベツサイダ(BethSaida)という名前は”House of the Fisherman”(漁師の家)という意味だそうです。新約聖書には、イエスの弟子のペテロとアンデレ、およびピリポがベッサイダ出身であると書かれています。(ヨハネ1:44)。ここには、紀元1世紀頃の「漁師の家」と、「ワインメーカーの家」の遺跡があります。

下の写真は、Biblewalks.comのものに説明を加えた鳥瞰写真です。

BethSaidaAerialview説明

バスを降りて、しばらく1世紀頃の道路を歩きます。

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すると、「ワインメーカーの家」という看板がありました。

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下の写真が、ワインメーカーの家の中庭らしいのですが、やはり2000年も前のものとなると、良く分かりません。裏側に回ると、ワイン貯蔵庫の跡もあるらしいのですが、通り過ぎてしまいました。その貯蔵庫からは多くのワインの壷が出てきたそうです。

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2000年前には、このような一部2階建ての家が建っていたそうです。(公園のパンフレットより)

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さらに進むと、「漁師の家」という看板がありました。

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下の写真の右側が「漁師の家」なのですが、やはり、良く分かりません。発掘時には、つり針やおもりなど、多くの漁具が出てきたので漁師の家と分かったそうです。

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パンフレットによると、2000年前には、下の絵のような家があったそうです。

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イスラエル王国時代(鉄器時代)紀元前10~8世紀頃には、このあたりに宮殿があったとのことです。アブシャロムは、ここで寝泊りしたのでしょうか。 しかし、紀元前732年にはアッシリアが攻めてきてすべて破壊しました。紀元前3世紀頃、その破壊された丘の上に町が再建され、そして、ローマ時代、ビザンチン時代を経てイスラム支配下になった後、廃墟となり、テル(遺跡の丘)になっていきました。

宮殿跡を示す看板です。(ピントがぼけてしまいました。)

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古代の住居跡(?)が、あちこちに見られます。

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丘の最高部からは、緑豊かなガリラヤ地方の風景がよく見渡せます。

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ガリラヤ湖も、少しだけ見えますが、2000年前は、すぐ下に岸辺があったとのことです。

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最後に、イスラエル王国時代の城門に向かいます。

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城門は4部屋式で、イスラエル古代のものとしては一番広いそうです。

門の各部屋はかなり広く、それぞれ塔が建っていて、穀物の収納庫に使われたとのこと。

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その門の内側の入り口に2本の柱が立っており、さらに右側に3段の階段があって、その上に変わった形をした石の像が置かれています。お地蔵さんのような感じです。

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よく見ると、雄牛の大きな角のある頭と人間のような体です。これは、ゲシュルの神の祭壇で、ここで動物の生贄が捧げられたとのことです。多くの動物の骨が見つかっているとか。 この牛の角を持つ神の像は、5つに割られたものがみつかり、復元されました。アッシリアが攻めてきた時に割られたとのことです。

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門を出ると、古代の敷石道路がありました。

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そこを抜けて駐車場に戻る途中で、恭仁子さんが珍しい木を教えてくれました。

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ヨナ書に出てくる「とうごま」の木とのことです。

ヨナ4:6 ”神である主は一本のとうごまを備え、それをヨナの上をおおうように生えさせ、彼の頭の上の陰として、ヨナの不きげんを直そうとされた。ヨナはこのとうごまを非常に喜んだ。”

高さは人間の背丈ほどですから、日陰を作るには小さすぎるような気がしますが、それでもヨナは喜んだのですね。

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とうごまの実がなっていました。これは、胡麻なのでしょうか?

イエス様は、このベツサイダの地でも多くの奇蹟を行われました。

(マルコ 8:22-26) “彼らはベツサイダに着いた。すると人々が、盲人を連れて来て、さわってやってくださるようにイエスに願った。  イエスは盲人の手を取って村の外に連れて行かれた。そしてその両眼につばきをつけ、両手を彼に当ててやって、「何か見えるか。」と聞かれた。すると彼は、見えるようになって、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが見えます。」と言った。それから、イエスはもう一度彼の両眼に両手を当てられた。そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった。そこでイエスは、彼を家に帰し、「村にはいって行かないように。」と言われた。”

(ルカ 9:10-17)  “さて、使徒たちは帰って来て、自分たちのして来たことを報告した。それからイエスは彼らを連れてベツサイダという町へひそかに退かれた。ところが、多くの群衆がこれを知って、ついて来た。それで、イエスは喜んで彼らを迎え、神の国のことを話し、また、いやしの必要な人たちをおいやしになった。そのうち、日も暮れ始めたので、十二人はみもとに来て、「この群衆を解散させてください。そして回りの村や部落にやって、宿をとらせ、何か食べることができるようにさせてください。私たちは、こんな人里離れた所にいるのですから。」と言った。しかしイエスは、彼らに言われた。「あなたがたで、何か食べる物を上げなさい。」彼らは言った。「私たちには五つのパンと二匹の魚のほか何もありません。私たちが出かけて行って、この民全体のために食物を買うのでしょうか。」 それは、男だけでおよそ五千人もいたからである。しかしイエスは、弟子たちに言われた。「人々を、五十人ぐらいずつ組にしてすわらせなさい。」 弟子たちは、そのようにして、全部をすわらせた。するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに与えられた。人々はみな、食べて満腹した。そして、余ったパン切れを取り集めると、十二かごあった。”

その後、カペナウム、コラジンと同様にイエス様に呪われ(ルカ10:13)、廃墟になりました。